映画が大好きなOLが、映画館で観たりDVDで観たりした映画を好き勝手にひとりごと。ネタばれありです。
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英題:About Elly
監督:アスガー・ファルハディ
出演:ゴルシフテ・ファラハニ、タラネ・アリシュスティ、シャハブ・ホセイニ、メリッラ・ザレイ他
製作:2009年イラン
上映時間:116分
配給:ロングライド
予告編


ストーリー:

ささやかな週末旅行を楽しもうとカスピ海沿岸のリゾート地を訪れた大学時代の友人たち。
その参加者の中に、セピデーが誘ったエリもいた。
初日は楽しく過ぎるが、2日目に事件が起こる。
海で幼い子どもがおぼれ、何とか助かったものの、エリが忽然と姿を消してしまったのだ。
パニックに陥った一行は懸命に捜索を続けるが、エリの姿はどこにもなかった…

 
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イランの映画って見たことないかもしれない。もしくは、見ているのかもしれないけれど、印象に残っていないのかもしれない。

「彼女が消えた浜辺」は、ツタヤでDVDを手に取り裏を返し軽く物語背説明を読んだだけの前知識。
友人がバカンスを過ごしに海へ来た。誰だかよくわからない「エリ」という女性が急にいなくなった。彼女は何処へ?と、これくらいの乏しい情報量。

なんとなくサスペンス映画なのかなと思った。
サスペンスはあまり得意ではないけれど、ジャケットを見る限りおどろおどろしいシーンはなさそうだなと思い借りてみた。

だけど、いざふたを開けてみれば、サスペンス要素は全くなかった。
日常にありがちな、人間関係にありそうな、身近な事を描いた内容。

20分くらい観ていて、なんだか集中できないなー、気分が盛り上がらないなー、と感じて気づいたことがある。

音楽や効果音が全くないのだ。

これってイスラム風?いや、この作品ならではの演出なのかな。
最初から最後まで、波の音と人間の話し声のみ。

そしてもうひとつ。
登場人物が女性なら女性、男性なら男性で、それぞれみな似て見えるのだ。これは単にお国柄が違うことが原因なのだろうか。みな似て見えると、面白みに欠けるということを今作で初めて知った。

とにかく、字幕にさえ集中できず、20分くらい観てあきらめもう一度イチから観直した。そうしてどうにか最後まで終えることができた。

彼女が消えた浜辺

物語は、楽しいバカンスからスタートする。カスピ海沿岸で、友人とその子供たちが集い楽しむ。
一番の目的は、アーマド(シャハブ・ホセイニ)に女性を紹介すること。セピデー(ゴルシフテ・ファラハニ)が子供の幼稚園の先生エリ(タラネ・アリシュスティ)を連れて来た。

アーマドはエリを気に入り、うまくいくのかなと思いきや‥‥

バカンス2日目、幼いアラーシュが海で溺れる。慌てふためく大人たちの手により、一命を取り留めるアラーシュ。エリに子供たちを見ていてねと頼んだのに‥あれ、エリは?と、今度はエリがいないことに気づく。

そこからが、この映画の見どころ。

エリは子供を助けに海へ入ったのではないか、と再び大人たちは慌てふためき探し始める。海へ飛び込み、セピデーも半狂乱になりながら。

ところがエリは見つからない。

そこからは全てそこに集った大人たちの想像と言い分。

エリは気を悪くして帰ったのではないか?
そんな勝手な性格なのか?
カバンを置いたまま帰るか?
やはり子供を助けに海へ入り溺れ死んだのではないか?

とまあ話は尽きない。
だいたい、エリという名前以外誰も何も知らない。唯一セピデーだけはエリを連れて来たわけだから彼女のことをいろいろ知っているはずなのに、言っていることが曖昧。子供の幼稚園の先生だという話も本当だかどうだか。

途中からエリの兄だという人物が加わり、さらにややこしくなる。というか、セピデーがいろいろ皆に隠し事をしていたことが明らかになる。

エリには兄はいない。
たぶん兄と名乗る人物はエリの婚約者だ。
実はエリは婚約を破棄したがっていた。だからアーマドを紹介することにした。

というセピデーの告白が始まり、みなエリの婚約者にどのように状況を伝えるべきかで再び論争となる。

とにかくまあ、みなで話し合うシーンが多い。
しかもエリの行方がわからないから、想像を軸に話を進める。

セピデーに苛ついた。
エリのことを心から心配し、最初は友情に厚い女性だなと思ったけれど、それは自己防衛のためでもあったのだ。

婚約者がいるからと、新たな出会いにためらっていたエリに対し、半ば強引に今回の旅行に誘ったのはセピデーだった。だから、婚約者に真実を告げたら自分がどのような目に合うか恐れていたのだ。仲間にも、なぜ婚約者がいるのに黙っていたのか、とすでに責められていたから。

「エリの名誉のために」「エリがかわいそう」などと口にしながら、最終的にはエリの婚約者に対して自己防衛のためうそをつく。それが深く彼を傷つけることを知りながら。

予告編の最後に「私の底に、もう一人の私が眠っている」とあるけれど、あれはエリについて指し示しているものではなく、控えめで善人らしく見えるセピデーを示している言葉だろう。

思い返せば、エリもうそで取り繕っていた感がある。家族にもセピデー達にも何かを隠しているような影を感じさせる表情が多かった。ってことは、エリとセピデーは似た者同士か。

結局、なんのことはない、エリはやはり子供を助けに海へ入り溺れ死んだのだった。婚約者が遺体と対面し物語は終了。

セピデー以外の人間はみな真実を知らなかったわけだから、嘘をついたり取り繕ったりと、人間の情けなさを演じたのはセピデーただ一人だったということになる。あとは死んでしまったエリ。

この映画、主人公はセピデーでいいのだろうか。
特に際立つ女優でもなかったけれど、終始不安に包まれた表情は実によく似合っていた。

イスラムの女性は、やはり頭に布を巻きずるずるっとした長い地味な服を着ていた。イメージ通りなのね、とこの映画で確認できた。

彼女が消えた浜辺


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【2011/12/06 00:34】 | 「か」行
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