映画が大好きなOLが、映画館で観たりDVDで観たりした映画を好き勝手にひとりごと。ネタばれありです。
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原題:The Pianist
監督:ロマン・ポランスキー
出演:エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン、フランク・フィンレイ、モーリン・リップマン、エド・ストッパード他
製作:2002年ポーランド、フランス、ドイツ、イギリス
上映時間:148分
配給:アミューズピクチャーズ


ストーリー:

1940 年、ナチス・ドイツがポーランドへ侵攻した翌年、ユダヤ系ポーランド人で、ピアニストとして活躍していたウワディク・シュピルマンは家族と共にゲットーへ移住する。
そこから、生きるも地獄捕まるも地獄の日々が始まる…。


・カンヌ映画祭パルムドール受賞
・アカデミー賞:監督賞、脚本賞、主演男優賞受賞

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何回か見ているけれど、BSでまた見てしまった。

「戦場のピアニスト」は実話。ピアニストである主人公ウワディスワフ・シュピルマンの手記をもとに、彼の死後映画化された。

1946年に「ある都市の死」として体験談を出版もしている。

今作で一気に有名監督となったロマン・ポランスキーはユダヤ系ポーランド人。まだ若かりし頃、ゲットー(ユダヤ人強制収容所)で強制労働をした経験が。父親は生き延びたが母親はそこで虐殺された過去を持つ。

そんなロマン・ポランスキーが作った映画となれば、それは魂がこもらないはずがない。

2時間半近い長編だけど、そのどのシーンにも必要性を感じるのは、シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)の手記にも魂がこもっていたからだと思う。

エイドリアン・ブロディの、シュピルマンそのものかと錯覚するほど、演技っぽく見えない演技に、観るたび言葉を失う。役者魂を強く感じる。

戦場のピアニスト1


シュピルマンとその家族。シュピルマンは独身で、父、母、姉、妹、弟とワルシャワで寄り添って暮らしていた。

彼はラジオ放送でピアノを奏でるピアニストとして、音楽家仲間にも周囲の人間にも慕われていた人柄。

日に日に迫害されていき状況が悪くなる一方のワルシャワで、どうにか家族を養うため、シュピルマンはゲットー内のカフェでピアノを弾く仕事を始める。

時代が時代、国が国なら、きっと彼はもてはやされる人間だったんだろうな。

戦場のピアニスト2


シュピルマンはいつももの静かだ。道端に飢え死にした子供の死体が転がっていたり、いつドイツ人に殺されるか連行されるかわからない不安の極地のような状態にいるのに、激しく恐れたり怒りを爆発させることはない。

ただいつも悲しそうな瞳で、現状を受け入れ前に進む。家族の食事と生き延びることで頭はいっぱいだったのだろう。

この映画が心に残るのは、残虐性や死や孤独に対して、大げさにスポットを当てなかったからだと思う。そのドライなかんじが逆に胸に刺さるものを残す。

必要以上の音楽もない。泣き叫ぶ人たちも出てこない。泣き叫ぶ前にあっけなく銃殺されるし、それに同情する涙も乾ききったかのように一見淡々と虐殺は続く。

その、少しの人間性も感じさせないドイツ兵の残虐性が、効果音なくパンパンと乾いた音だけをスクリーン上で響かせることによって、より強調されていた。

家族全員で汽車に押し込められ、強制収容所に運ばれそうになったとき、腕をぐいと引きシュピルマンだけ助けられた。シュピルマンは必死で家族の名を呼び、汽車へ戻ろうとするが、助けた味方の警官に「命を救ってやったんだ、逃げろ」と強制的に引き離される。

映画ではその後一切、シュピルマンの家族については語られない。死んだのだろう。シュピルマンは1人になる。そこから孤独と空腹と寒さと戦いながら生き延びて行く。

映画を通して感じたのは、シュピルマンはいつも誰かに助けられて命からがらながらも生き延びることができたということ。知り合いが1人もいなければ、間違いなく彼もとっくに死んでいただろう。

ピアノを愛するシュピルマンが、彼のピアノを愛する人たちによって命を救われたのだ。

敵国でありながら、ドイツのやり方に反対する人間も密かにいたわけで、そういう人たちにかくまわれ食事や部屋を与えられる。餓死寸前まで行くことも何度かあったが、ギリギリ生き延びる。

ドイツ人将校にまで、最後は助けられる。破壊された他人の家で、夜中食べ物を探しているとこを見つかったが、彼の前でピアノを弾くよう命じられ、それに答え伴奏し命を落とさずにすむ。

そのとき、真っ暗で寒い部屋でシュピルマンが弾いたのは、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調「遺作」バラード1番。

物静かで感情を表に出さないシュピルマンが、このとき初めて怒りを表したように感じた。ピアノの音で、やりきれない思いを吐き出しているかのようだった。

ドイツ人将校も、心を打たれたに違いない。その後、仲間の目を盗んでシュピルマンに食べ物をこっそり運んでくるようになる。

撤退ぎわには、いつもより多めの食事とコートまでくれる。「なんてお礼を言っていいか…」と口にするシュピルマンに、「すべては神のご慈悲だ」とかっこよく言っちゃう。

このドイツ人将校のように、無差別殺戮を心の底では憎んでいるドイツ人ももちろんいたわけだ。

直後、終戦となり、シュピルマンは以前のようにラジオ局でピアノを弾く。ボロボロでガリガリで、汚い水を這って飲んでいた彼とはまるで別人のように、身ぎれいな姿で。

逆に、シュピルマンを助けたドイツ人将校、ホーゼンフェルト大尉(トーマス・クレッチマン)は捕虜となり、1952年ソ連の収容所で死んだという。これは、映画最後のエンドローブで流れた。

地獄から天国へ、天国から地獄へ。

ラストシーンは短かったけれど、2人の人間の雲泥の差が逆転したところが、なんとも人生ってわからない、と感じさせた。

もうひとつ印象的だったのは、映画の最初から最後まで、とにかくシュピルマンが飢えと戦っていたこと。

汽車で連れ去られた家族のことを嘆く間もなく、ピアノを弾いていた頃をなつかしむ間もなく、とにかく頭の中は今現在の「食べること」でいっぱいになっていた。

窮地に立たされた人間の根源を見ている気がした。「生きたい!」と強く思うほど、食べなければという思いに向かうのだろう。

戦場のピアニスト3


こちらは、ポーランドの首都ワルシャワにあるシュピルマンのお墓。

2000年に88歳と大往生したシュピルマンは、世界中で2000回以上ピアノ演奏活動を行い、ポーランドの大衆音楽史に名を刻んだ。

きっと、多くの人にピアノを聞かれ愛されるため、あの過酷な状況をくぐり抜け、命を授かったのだろう。

ドイツ人将校の前でシュピルマンが弾いたショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調「遺作」バラード1番が忘れられない。

それと、シュピルマンが最後逃げ出したとき目の前に現れたどこまでも続く廃墟と化した町並みが、3月11日の津波で襲われた東北の海沿いの町並みと重なり、胸が痛くなった。

シュピルマンの長男は、現在、九州産業大学の教授。戦後のシュピルマンは、大好きな音楽と家族に囲まれ、穏やかな時を過ごしたに違いない。


戦場のピアニスト

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【2011/04/04 21:21】 | 「さ」行
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こんばんは
kk
先ほどこの映画を見ました。
感想を書こうにもボキャブラリーが無さすぎて落胆してます。
ですので、感想を書いているブログを見ていてたどり着きました。

泣き叫ぶシーン確かに少なかったですね。
BGM もあまりなかった!
うまくまとめてらっしゃいますね!

ひとつ気になったのがドイツ人将校の前で弾いた曲はバラード1番だったかと思います。
私も印象にかなり残っています。

>KKさん
キャメロン
コメントありがとうございます♪
感情を揺さぶられる作品なので、
思いつくままだーっと言葉を書きつらねてしまいました。

曲の名前が間違っていたのですねー。
ご指摘ありがとうございます。
さっそく訂正させていただきますね。

いずれまた観たいなと思う映画です。


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コメント
この記事へのコメント
こんばんは
先ほどこの映画を見ました。
感想を書こうにもボキャブラリーが無さすぎて落胆してます。
ですので、感想を書いているブログを見ていてたどり着きました。

泣き叫ぶシーン確かに少なかったですね。
BGM もあまりなかった!
うまくまとめてらっしゃいますね!

ひとつ気になったのがドイツ人将校の前で弾いた曲はバラード1番だったかと思います。
私も印象にかなり残っています。
2011/11/23(Wed) 03:49 | URL  | kk #x9c5GV3o[ 編集]
>KKさん
コメントありがとうございます♪
感情を揺さぶられる作品なので、
思いつくままだーっと言葉を書きつらねてしまいました。

曲の名前が間違っていたのですねー。
ご指摘ありがとうございます。
さっそく訂正させていただきますね。

いずれまた観たいなと思う映画です。
2011/11/23(Wed) 15:06 | URL  | キャメロン #-[ 編集]
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